みなさん、こんにちは。
今日もうららかな陽気で、マンション南側の公園に植えられた桜の花は優しく揺れながら子供たちが遊んでるのを見守っています。
春休みですからね。
窓を開けておくと、子供たちのギャーギャー騒いでる声が聞こえてきます。
うん、こうでなくっちゃいけません。
周りのことなどお構いなしで遊び騒ぐのは子供の特権ですからね。
それこそ一心不乱に騒いでますから、きっと桜になど気づいていないんでしょう。
私も子供のころは、桜などにはまったく気づいていなかったように思います。
我が町にはとても大きな神社があり、入り口の鳥居をくぐってから拝殿まで100メートル以上長い続く参道があります。その参道の両脇には池があったり、遊具がある遊び場があったり、ただの原っぱみたいな広場があったりするんですね。
そこでよく野球などをして遊んでたものです。
特に広場は大きいのやら小さいのやら3か所くらいあったように思います。
で、それぞれ第一球場、第二球場、第三球場と勝手に呼んでましたっけ。
どういうわけかいつも二十人以上集まりますから、ピッチャーとファーストは固定で、あとはいるだけ守備についてましたね。あ、キャッチャーは無しでした。
誰でも打てるように、ゆる~いボールを投げて、圧倒的な数の守備陣が攻撃的な守りを展開してました。
ですから、上手下手はどうでもよかったんですよ。地面も凸凹でしたからね。
とにかく、ひたすらギャーギャー騒いでましたね。
たまに観光客や神社の職員(?)も飛び入り参加したこともありました。
時代が変わり、今はその広場にもイベント用のステージが設置されたりして、私たちの球場は1つくらいしか残ってないようです。
でも、それぞれの球場(あ、昔はそう呼んでたから)を仕切るように設置されていた小道の片側に桜が植えてあったはずです。はずですっていうのは、子供のころはそんなものには目もくれず、必死に野球をしながら騒いでましたからね。
今、大人になってずいぶん時間が経過して、仕事であれ遊びであれ、その合間に休憩するようになっちゃって、あのころ気付かなかった周囲の景色にも目が行くようになりました。
それは桜の花のような期間限定の特別なものでなくてもいいんでしょう。
雲でも、小鳥でも何でもよく、フッと気を抜いてぼんやりすることを覚えてしまいましたからね。言い換えれば、そういうことで得られる癒しに味を占めたってことかもしれません。子供のころはそんな余裕はありませんからね。
でも、何となく思い出すあの頃の情景の中には、木々の緑や空の青さがあったりするんですね。それはちょっと不思議で、ちょっと嬉しかったりもします。
今遊んでる子供たちの記憶にも、今日の桜がその思い出の背景に残ってくれてるといいなぁなんて柄にもなく思ったりしています。
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