みなさん、こんにちは。
人はこの世に客に出された旅人。
山岡荘八の伊達政宗を読んでいた時、そういうフレーズがあったと思います。
言うまでもなく政宗の言葉だったものですが、徳川家康の「人の一生は、重き荷を負うて遠き道をゆくがごとし」と対比して書かれていたようにも思います。
まぁ、今回家康はいいんですけどね。
で、政宗の言ってるこの「客」の意味なんですが、どれだけ資産を持ち名声を博し、多くの家族や友人知人に囲まれていても、人は最後は一人で死んでいくものっていう無常観っていうのがありますね。
また、この世の自分は言ってみれば仮の姿でこの世に放り出されただけなんだよ!なんて言ういささか宗教がかった意味合いにも取れます。
そしてもう一つ、自分が招かれた客と思えば、少々のことは我慢できるし、間違っても招いてくれた人に不愉快な思いをさせないように気を付けるものだっていう意味もありますね。
今日お話ししたいのはこの最後のヤツ。
間違っても、オレは金を払う客なんだから、好き勝手にやるぜ!なんてことは言っていません。
TVでベネチアの話をしてました。
イタリアの観光都市ですが、ここの中心街って、ここ10年余りで人口が6万人から5万人に減っちゃったそうです。
その代わり、もういらねぇよ!ってくらい観光客が押し寄せてくるんだとか。
TVではあまり言いませんでしたが、トラブルも多かったんでしょうし、ベネチアに移住を考えてる外国人も多いようで、地元の人には住みずらい上に家賃など物価の高騰で生活できなくなっちゃうんだそうです。
で、空き家はゲストハウスなるものにしちゃったんだとか。
それが、コロナの襲来で、一時閑古鳥が鳴くことになると、この町がいかに人が少なくなっちゃったのかがよくわかったんですって。
もう遅いと思うんですよ。
私は塩野七生さんの本が好きでして、彼女の著作はベネチアを扱ったものが多いんですが、かつて海洋都市国家としてヨーロッパ世界に強い影響力を持っていたころの面影なんかすっかりなくなっちゃってますね。
押し寄せる環境客の人の波にすべて押し流されたっやって感じです。
まぁ、ベネチアのことはいいんですが、日本も観光大国になるぞ~!なんて言ってますが。大丈夫なんでしょうか?
お盆明けの話題として、毎年必ず出てくる観光地での迷惑客の話。
先日は野外コンサートに行くために、最寄りのスーパーどの駐車場に無断駐車してるのがニュースで出てました。
なんか、客っていうのを勘違いしてますよね。
お客様は神様とか旅の恥は搔き捨てっていうのを曲解して、傍若無人な振る舞いをする者が絶賛増殖中のような気がします。
先ほどの無断駐車(禁止の張り紙があってもやってます)、ゴミのポイ捨てや放置、大声や騒音、禁止行為や危険行為、おまけに喧嘩。
これ日本での出来事で、やってるのもほとんど日本人。
別に人生そのものを政宗が言ってるように客の心で!とまでは言いませんが、いくら観光や行楽目的であっても、知らないところに行くのであれば、それはまるで友人や知人宅を訪れたような感覚でいてほしいと思うんですよ。
人の家に行って好き勝手なことはしないでしょ。
それでは楽しくないって言うんなら、もう一度躾を受けなおした方が良いんじゃないの?って思うんですね。
どこに行っても人はいますし、誰かがおかしなことをすれば迷惑をする人もいますからね。それに客!客!と偉そうなことを言っても、自分たちも何らかのもの買ってもらって生活してるわけですから、まわりまわって皆お客なわけですから。
先ほどのお客様は神様とか旅の恥は搔き捨ての本当の意味については、もはやバカバカしいのでここでは書きませんが、日本が観光を大きな産業とするのなら、そういうことを周知徹底するのが先なんじゃないの?って思ってます。
それができないのなら、せめて迷惑な客は取り締まるなり追い返すなりするべきだと思うんですね。
それでは客が減っちゃう~!なんて言ってる人は観光業をやめるべきなのでは。
だって、おかしな客を楽しませるために、地元住民や、他の環境客に負担を押し付けるようなことをしていればじり貧になっちゃうって誰にでもわかる話じゃないですか。
目先の金しか見ていないのがインバウンド~!とか言ってるのを見ると、ため息しか出てこないんですよね。
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