さるきちのしっぽ

おサルのおつむでゆる~くお話ししますので、よろしければお付き合いください。

65 空手の師匠

 みなさん、こんにちは。

 

 今回は私の空手の師匠について書いてみようと思います。

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 以前、数回登場していますが、その度にちょっと悪く書いてやろうと思いながら、実際書いていると良いところばかり取り上げてしまって、内心忸怩たる思いでいました。まぁ、確かに良いところはたくさんあり、私も関係を大切にしています。しかし、なんか、こう、もうちょっと弄りたいような気持があるのも正直なところなので、ちょっと大げさな書き方をするかもしれませんが、ご容赦ください。

 師匠は同い年で、私が最初に勤めた会社の同僚でした。

 事情により、私が1年遅れて入社したので、一応先輩社員ということになっており、今でもそのなごりで私からは半分敬語のような話し方をしています。師匠にしてみれば、そんなのどうでもいいよって思っているんでしょうけど、お互いに体育会系なので、そのあたりは逆にこだわらずにいるのかもしれません。あ、師匠は高校生の頃ラグビー部にいたそうです。

 で、とりあえずはじめの頃、仕事についてはメチャクチャでした。

 師匠はエクステリアの現場管理をしていましたが、あのう、行き当たりばったりっていうのを実際にやって見せてくれた人でした。もちろん反面教師として見せてくれたんですけどね。とにかく現場では職人さん方と楽しく話をしていましたが、発注忘れや材料のおろし場所のミス、さらには寸法の間違いや指示ミスまで、はっきり言ってかなりマズイレベルでした。

 しかし、そのことが大きな問題になることはほとんどありませんでした。

 どうしてかって言いますと、理由は2つありました。

 1つめは自ら現場で作業することでミスを帳消しにしたことです。なまじ体力がありましたので材料の下ろし場所が悪ければ自分で移し、材料を発注し忘れていたら、メーカーまで取りに行ったりしていました。すごいと言えばすごいんですけど、ある日職人さんから「お前もそんな苦労するくらいなら、もうちょっと確認したりしたらどうだ」って呆れたように言われても「いやぁ、自分体動かすの好きっすから」なんて言ってましたっけ。本人がそれでいいならいいんですけど、時々それを私にも手伝わせるんだから始末に負えません。こういう作業は頭で納得していないと、本当に苦痛ですからね。

 2つめは社長への報告の早さですね。私は「御庭番モード」と呼んでいました。

 現場でトラブルがあり、自分の手に負えないと判断したら、すかさず「社長、ちょっとよろしいでしょうか?」と声をかけ、相談しようとします。事務所の机は5人分が向かい合う形で設置されていて、社長の机は一番奥の角でした。「お、おう。どうした、またなんかあったんか?」と言っている社長の近くまで行くと、師匠はスッと消えました。まぁ、消えたわけではなくって、社長の脇に片膝をついていただけなんですけど。あの技(?)を使いこなせたのは後にも先にも師匠だけでした。社長はというと、なんだか気分がいいみたいで、師匠の話を聞いて「そりゃぁお前が悪いだろう。いっつもいっつも困った奴だ」とニコニコしながらこうしろああしろと指示を出していました。そして月末の現場ごとの清算時には、「あの時のトラブルで利益が減りました」「ああ、そうだったな。まぁ聞いていたからいいだろう」で済んじゃいます。

 恐るべき手練れです。

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 当時私は若くて愚か者でしたから、そういう師匠のやり方に納得できず、トラブルが発生してもひとしきり自分で何とかしようと努め、どうにもならなくなってから社長に相談していました。いやー、こっぴどく叱られました。同じような減益であっても、一方はまぁ良しとなり、一方はこの大バカタレ!ですから、あの頃はちょっと悩みましたね。でも、今ははっきりわかります。師匠が正しかったのです。

 動機は100%保身でした(本人も真面目にそう言っていました)が、結果としては報・連・相が機能していたわけですし、何より早い段階で社長の決裁が取れてたので、現場が混乱せずにすみました。もっとも、何年か経つとその神憑り的な効力も影を潜めてしまいました。そりゃ何年も続けていたら、いい加減にちゃんと仕事をしろ!ってなりますよね。こういうのは、ここぞ!という場面で使うべきだということも示してくれた人物でした。

 その後、会社の方針が現場管理と営業を兼任するような方向になったところで、師匠はスパッと転職しました。営業は死んでも嫌だったそうです。転職先は鉄鋼会社でした。そこで大型トラックに乗っていましたが、本人は大変ご満悦な様子で、一緒に飲みに行った時も楽しくて仕方がないと言っていました。

 転職と時を同じくして空手も始めたようです。

 師匠が根本的に変化していったきっかけは結婚したことと空手を始めたことだと思っています。仕事が全く関係していないところがポイントです。そういう人はたくさんいると思いますが、この人はとりわけ仕事は金を稼ぐためにやっているだけっていうのが強かったですね。まぁ、いいんですけど。というより、そういうものですよね。

 師匠の(鬼)嫁について、ここで述べるのは危険なので割愛します。筋肉のつなぎ目あたりに打ち込む突きや、師匠の体がズレるほどの膝蹴りをくらいたくありませんので。

 で、師匠が空手をするようになって(結婚したこともあるけど)何がどう変わったのかと言いますと、「心に棚をつくるようになった」と言うことです。これは島本和彦さんの漫画「炎の転校生」で主人公の滝沢にライバルの伊吹が言ったセリフがそのまま当てはまりますが、要するにダメな自分をとりあえず棚に上げて、別の自分で事に当たるということです。…まぁ、自分を棚に上げてってよく言われることをポジティブに行うということですね。書いていて、たいしたことではないような気がしてきました。

 師匠の話にもどりますと、同じ会社にいる頃、仕事中私のタバコにシャーペンの芯を刺してみたり、部長に「こけ!おどりゃー!」(言ってろ、このバカ的な意味)などと暴言を吐いてみたり、軽トラのタイヤをキュルキュル鳴らしながら峠を攻めて楽しんだりと、決して褒められた人物ではありませんでしたが、…そういえばみんなの前でズボンをずらされたこともありました。段々腹が立ってきた。

 その師匠が空手を始めて、比較的早く黒帯を取り、支店(正式には支部)を任されるようになると、別人のように変身を遂げていました。と言いますのも転職後は数か月に一度飲みに行くくらいしか会っておらず、その後支店長(支部長)になったところで空手に誘われて毎週会うようになりましたので、変身期間に何があり、どう変わったのかを正確に把握できていないのです。

 私は支店(支部)がオープン(開設)した日に入門しました。

 子供たちを前に師匠が「履物を揃えなさい」と言った時には本当にびっくりして、来ていた師匠の奥さんに「あれは誰ですか?」って聞いちゃったくらいです。

 師匠の稽古の方針はまず自分がやって見せる、それからやらせる、っていうやり方でした。また、師匠も大会には出場することもありましたから、大会前の師匠の練習は私がかつて経験した野球の追い込み練習のような激しさだったので、感心しましたし、昔を思い出して吐き気がしたりしました。師匠の過去を知らず、その上で練習生は師匠が練習に打ち込む姿を見るものですから、師匠の発言には自然と重みが増した状態で彼らの胸に響くというわけです。あいかわらず要領がいいと言うか、ツボをおさえるのがうまいと言うか…。でも本人は練習が楽しい、教えるだけじゃつまらない、とか言っているわけで…。棚をつくってもこれですから困ったものです。

 そして、指導者の立場になったことで、師匠は練習生やその保護者の方々に忖度するようになりました。これまでになかったことです。まぁ、それも師匠らしくではありますが。

 忖度って今では悪い意味で使われるケースがほとんどですが、本来察しや思いやりのことですよね。ただ、察しや思いやりって言うと師匠にフィットしないような気がしたので…。それで、師匠の場合の忖度は本来の意味での忖度です。練習生が試合で勝ちたいのか、体力づくりなのか、いじめに打ち勝つ精神力を身に着けたいのか、そういうことを本人に聞くのではなく、その練習を見ながら推し量っています。保護者の方々にもそれぞれの希望を聞くなんてせずに「自分の方針はこうですから」って言っています。でも、普段の会話からいろいろと探っているようで、可能な限りそれに応えようとしています。やはり恐るべき手練れと言う他ありません。

 そして、この人の良いところは、それが自分にとってどのような利益をもたらすのかなんて考えていないところです。本来の意味での忖度と言ったのはそういうことです。「こうしてほしいのかな→そうすると自分にとって何か良いことがあるのかな→じゃあやってみようか」ではなく「こうしてほしいのかな→やる」なんです。

 よく考えれば「御庭番モード」も後になってひどく叱られるのが嫌だからやっていただけですし、あまり物事を複雑に歪めて考えることがないのでしょう。頭の中に小人のカントでも飼っているんじゃないかと思ってしまいます。心に棚をつくりもう一人の自分を演じているにしても、元々シンプルな自分の思考に対して素直に行動しているあたり、人間の本質は変わらないって言う事ですね。

 はっ?またしても褒めている!

 本来仕返しのつもりで書いていたんですが、なかなかうまくいかないものです。

 まぁ、出会ってから変わらず敬意をもって接してくれていますからね。

 ただ、自分が釣りをしたいと言っておきながら、5分で飽きたって言って車で寝てしまうのはいかがなものでしょうか。正直にも程があります。

 そのまま、置いて帰ればよかったと、若干後悔しています。