さるきちのしっぽ

おサルのおつむでゆる~くお話ししますので、よろしければお付き合いください。

58 ガブリエル戦記1 ~彷徨編~

 みなさん、こんにちは。

 

 今回は以前のブログに登場したトノサマガエルのガブリエルのその時とその後について、ガブリエル目線でのお話を書いてみようと思います。気が向いたら不定期で続きも撒いてみるつもりです。なお、ガブリエルとの出会いについては~④「ガッ、ガブリエル!」私は頭の中で呟いていました。~を参照ください(さりげない宣伝)。

 よろしくお願いします。

 

 ガブリエル戦記1 ~彷徨編~ 

 

 激しい水流のなかで私は自分の体を制御できず、理不尽な水の力に翻弄されていた。

 流れのスピードはほぼ一定なので、体勢を立て直せそうなのだが、その度に葉っぱやらゴミやらが体にあたってそれを崩されてしまう。そのままくるくる回り流され続けると、石にでもぶつかってしまいそうなので、何か掴まるのに適当なものはないかとさっきから探していた。木の枝か何かに掴まっていれば、硬いものに激突した時の衝撃を緩和してくれるはずだ。だが、良さそうなのがない。そうこうしているうちにまた1回転させられた。水面に向けて白い腹をさらすのは、我々カエルにとってとても危険なことだ。捕食者たちに食べてくれと言っているようなものだからだ。そしてその醜態は私のプライドを大きく傷つけるのだ。

 だが私のちっぽけなプライドなどに関係なく事態は悪くなる一方で、なんだか眠くなってきた。あーまずいなぁ、と思いながらも流れに身をまかせてしまっている私。

 前日までの雨で増水した溝のなかでもがきながら、薄れていく意識のなかでさっきまでの人間との戦いを思い出していた。

 

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 雨は我々の住処を潤してくれる。土は湿り、葉にも滴が残っている。

 今日も雨後の快適な時間を過ごしながら、適当にそこいらの虫を食べちゃおうと気配を消して待ち構えていると、遠くからギャーンとけたたましい音がしはじめた。とたんに周りの虫やカエルがあわただしく四方へ逃げていった。一体何がおきているのかわからなかったので、ちょいと背の高い草によじ登ってみると人間がいた。何か棒みたいなものを振り回している。錯乱しているのかとも思ったが、どうやらそうではないようだった。規則的に振られている棒の先にはよく見えないけど何かが付いていて、それが草や虫を薙ぎ払っているようだった。「おのれ~、オレの縄張りをメチャクチャにしやがって!」と怒りに震えたが、巨大で得体のしれない破壊兵器の前ではなすすべもなく、しばらく様子を見ることにした。幸い近くに溝があり、水も豊富に流れていた。

 人間が草を刈っているのは大体わかった。一方の草はなくなっていて、一方はまだ残っていた。さては、草を全部刈るつもりだな!と察しがついたので、すぐに溝へエスケープするべきか、刈り終わったところへ移動するべきか思案した。すぐに動かなかったのは、心のどこかに、「ひょっとすると、一部の草は残してくれるのかもしれない」との甘い期待があったからかもしれない。そうこうしているうちに音が近づいてきた。逃げ惑う虫たちが目に見えて増えてきていた。時間がない。

 私は決めた。一旦草を刈り終わったところへ移動し、快適ならばそれで良し、そうでなければ溝へ飛び込もうと。

 決めたのはいいが、すぐには動けなかった。人間が後数回棒を振ったらこちらへ到達しそうなところまで近づいていたからだ。急に動けば、それに反応するかもしれない。ここはぎりぎりまで引き付ける手でいくことにした。こちらのやや左側にまっすぐ向かってきている人間は左右に棒を振っていた。あの棒が一番左に行ったところで移動しよう、そう思った時、私の右手に小振りなショウリョウバッタを発見。その何とも美味そうな姿に見とれてしまい、迫りくる危機をうっかり忘れてしまった。私に似合わず迂闊なことではあった(時々やらかすけど)。次の瞬間、左から右に何かが動き、草が倒れ、凶悪な風が私の皮膚の潤いを奪うように吹き付けてきたとき、ヤバイ!と気が付いた。たぶん距離にして10㎝くらいだったと思う。この10㎝が生と死の境目だった。

 人間の持つ棒の先には丸くて平べったいものがついており、うなりをあげて回転していた。こいつだな!と敵の正体を確認。そして私の右前方で止まった敵をみて「返しが来るな!」と感じたのでタイミングを見計らってやや高めにジャンプした。着地は刈られた草がクッションになったので、なんともなかった。油断なく、すぐに次の攻撃に備えなければと戦闘モードに入った私だったが、飛び越えた後の棒とその先は止まったままだった。そして人間が私を見ていた。まぁ、草が倒れているので身を隠すことはできなかったから、見つけられたのは仕方がない。だから、ここからは胆力の勝負だ!と考えた私は「かかってこい!いくらでもかわしてやるぜ!!」と叫んでみた。まぁ、通じるわけがないんだけど…。人間は相変わらず動かなかった。

 う~ん、よくわからないんだけど、勝ったな!と思い、周囲を索敵してみた。残念ながら、刈られた草のなかでは身を隠せそうになかった。それより暑い!刈られた草は地面から水を吸えなくなっているので、日に焼かれてどんどん熱くなっていた。お腹が熱い、というかこのままでは干からびてしまう。干からびて死んでしまっては、人間との試合に勝っても勝負で負けたようなものだ。溝へはなんとか2~3回のジャンプで届きそうだ。よし、飛ぼう!

 無事溝のなかへ飛び込んだ時に、水流にのまれてしまい、うっかりお腹を人間に見せてしまった。奴との戦いのなかで唯一それが悔やまれる。それにしてもさっきのバッタ、美味そうだったなぁ、と現状と全く関係ないことを考えているうちに眠ってしまった。

 

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 「うん?誰だ、オレの腹を触っているのは?」と呟きながら目が覚めた。

 なぜか仰向けになっており、小さな人間により両肩から胸にかけてがっちりと掴まれていた。妙に声が甲高い。後ろ足は拘束されていないようだったので激しく動かしてみたが、手応えというか足応えがなかった。「おい、小さい人間。このオレを一体どうするつもりだ!っていうかお腹を触るのもうやめて!」と叫んでみたが、やはり通じるわけがなかった。それから暫くの間、いいように弄ばれてしまったが、まったく生きた心地がしなかった。やがて、大きい人間がやってきたので、これで一巻の終わりかなと覚悟を決めたところ、私は叢に放り投げられた。う~ん、よくわからないけど、助かったみたい。

 

 散々触られまくったお腹を弄りながら、周囲を索敵。これ大事。ここはどこだ?日の方向には叢が続いていた。反対側には水の流れる音がした。とりあえず水だ、と音のする方へ行ってみると、溝ではなく無数の石の間を水が流れているようだった。その水上にはちょっとだけ高い丘があったので、あっちから流れてくるんだな、と見当を付けた。水の流れが速いところと緩やかなところが斑にあったので、とりあえず緩いほうへ入ってみたらなかなか良い水だった。なにより臭くなかった。

 草も水もある。ここはひょっとして天国か?とさっきまで一巻の終わりと覚悟していたことなどすっかり忘れていた。まぁ、カエルだから。過去も未来もなく、ただ今を生き抜くのみ、なのだ。…カッコいいことを言ってはみたものの、朝から何も食べていなかったので、お腹が空いてきた。そうだ、もしここが天国ならば食べ物(餌)も豊富にあるはずだ。そう思ったら居ても立っても居られず水から出て、周囲を索敵。ほんとこれ大事。すると、背の高い草の間から、少し離れたところに黒っぽくてゆっくり動く物体がいるのを発見した。まさに天国!そう思って近づいてみると、巨大なウシガエルだった。疲れていたので大きさを見誤ったのかもしれない。

 でも、それは天国から地獄へ真っ逆さまに突き落とされたような感覚だった。

 身長5㎝を誇る私に対して、そのウシガエルは4~5倍も大きい。暗く沈んだ色の瞳の奥に妖しげな光が微かに見て取れるこの強敵は、口を開けばまわりのものすべてを飲み込んでしまうような迫力で私の前に鎮座していた。いかにトノサマが付いていようが私も所詮1匹のカエルだ。自分の何倍も大きいカエルには太刀打ちできないし、こんなとき身動きがとれなくなってしまうのだ。今度こそ万事休すといったところだ。今日何度目かの覚悟を決めたとき、ウボッと声を発したウシガエルは何者かに咥えられ、どこかへ連れ去られてしまった。猫ではない。猫ならこれまで何度も見てきたし、奴らはいきなり咥えたりせず、ひとしきり弄んでから連れ去っていく。では何者だったのか?

 頭は猫より小さく、体も細長い。毛の色は赤茶色だったと思う。う~ん、またもやよくわからないけど危機を脱することができたようだ。あの赤茶色の救世主に今日のところは感謝しておこう。でも、明日は私が狙われたりして…。暫くの間、赤茶色の救世主の勇姿と、間抜けな感じで口を開きあらぬ方向へ視線を送っていたガマガエルの絶望した姿が頭から離れなかったが、もう一度水を浴びた後、すっかり忘れた。過去も未来もないからね。

 

 私ことカエルは肉食であり捕食者なんだが、同時に被捕食者でもある。生態系の真ん中あたりにいて、蛇や鳥や大型のカエルからも狙われる。それは仕方のないことだ。でも、一つだけ言わせてもらえるとしたら、あの黒い鳥だけは勘弁してもらいたいんだけど。あいつらは頭の悪そうな鳴き声を上げて、血走った目をしながら襲ってくる。さっきのウシガエルのように堂々とした相手ならこっちも納得がいくってものだが、狂ったやつに狙われて食べられちゃうのはちょっと嫌だ。うまく言えないんだけど、どうせ仕留められるのなら、堂々とした相手に仕留められたい。散り際はきれいでありたい。狂ったやつに追い掛け回された挙句にっていうのは…ちょっとね。

 まぁ、とにかく今日は散々な1日だった。

 草を刈るように刈られそうになるし、溺れそうになるし(実際溺れた)、小さい人間にお腹をプニプニされるし、ウシガエルに食われそうになるし、…。それでも私は生き残った。私より大きなウシガエルでさえ断末魔の悲しい叫びをあげたというのに。

 そして私は自分が自由であることをなんとなく自覚している。たとえ、次の瞬間、赤茶色の救世主が赤茶色の捕食者になって私の前に現れようとも、私は自由なのだ。自由ってそんなもんでしょ。自由なトノサマってなんかいいよね。家来はいないけど…。

 安心したら、お腹が空いてきた。

 ショウリョウバッタいないかな?

 過去も~とか言いながら、これだけはずっと忘れないんだよね。

 

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  つづく